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お金、名誉、地位・・なにそれ?ってな感じで(泣
あ、ギター弾けます\(^o^)/
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久しぶりに

2017/06/04 22:36
約2ケ月ぶりの更新・・(汗)、、

しばら記述をしなかった、いや、できなかったと言ったほうがよい(=.=)

この歳になって4年間続けてきた仕事を3月末で離れ、新たな仕事を模索しながら新年度に突入したのだが、メンタル的に不安定な日々を送り、とてもblogカキコをする状況ではなかったのだ(><)

だがようやく5月に就労先も決まり心機一転と思いきや、今度は慣れない業務の習得にバタバタが続きストレスが溜まる日常へと変化してしまう(@@;

そんな状況の中、ギター演奏会をはじめ諸活動は予定通り刻まれていく。そのほとんどが土日を中心に組んでいたので、「休み無しで余裕も無し」、これまたblogカキコどころではなくなった(><;

いやはや、一ケ月がこんなにも短いものとは・・・生まれて初めて体感したこの2ケ月だった(__;

生活基盤安定原資

「人は食べなければ生きてゆけない」、とは常節の極みではあるが、自給自足による食物確保は既に遠い過去の生活形態であり近代は、「生産→流通→市場」といった分業型社会で構築される時代となり自らが生産しなくとも金銭トレードで供給される合理的システムが確立され、現世の殆んどの方々はそのプロセスにおいて労働対価収得という手段を用い生活基盤安定にその労を費やしている。

かくいう私もそのひとりなのだが様々に活動ごとも多く、長年フルタイムでの就業は避けてきた経緯がある。とはいえ生活を安定させる為にはそれなりの原資が必要なわけで、前職を離れた4月以降は短時間で平均賃金以上を稼げる仕事を探すことになるのだが、そんな都合がよい仕事などなかなか見つかるはずもない。だが時間はかかったがようやく見つけた新たな仕事に就くことになって1ケ月、まだ仕事には慣れはしていないもののそろそろ平常生活を視野に生活する意識が肝要、と、blogを再開した次第である。
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「あの日」の記録

2017/03/11 23:55
2011年3月11日、私の人生の中で刻まれた日となった。

実家は岩手県内陸に位置する県庁所在地盛岡市、人口30万人ほどの自然に恵まれた地方都市だが、他の地方都市に比べると地域特産品や工業生産品など著名な物産がそれほどあるわけでもなく、せいぜい知られているのは南部鉄瓶やわんこそば、盛岡冷麺や小岩井乳製品ぐらい。これは四方を山々に囲まれた盆地で生産拠点を要するには面積が狭い立地位置が影響している、と思われる。

19才のとき、東京の大学に進学をし郷里を離れた私は盆暮れの頃に帰省ぐらいで、社会人になってからはほとんど帰ることもなく、独り暮らす、「母が住む街」と化していた。だがその母も83年の人生をまっとうし、その後の実家は空き家のまま、いづれは老朽木造の家を処理しなければならないとは思っていたのだが・・

「あの日」、が訪れる

東京でも震度5弱の揺れを観測した大地震が発生する。当時私は店舗を構えていてその瞬間を自店で迎えたが、これまでに体験したどんな地震とも異なり、いきなりグラッときた次に更にまるで大きなエアマットの上で揺さぶられているような激しい振動が2〜3分程続き、「え?ついにきた関東大地震か?」と、脳内察知は震源地関東と確信、いや疑いもなく震源地の揺れと感じるそれほど大きなものだった。

テレビで臨時ニュースを見る

店の外では大勢の人がその場に立ち止まり車両もすべて停車、信号機や電線が大きく揺れている。その状況にしばらく呆然としていたが事態を知るため事務所に駆け込みテレビをつけた。震源地が関東と思い込んでいた私はそこで思わず絶句する。

え?なに、これ?・・

アナウンサーの慌ただしい声と共に映し出されたものは、日本全土の太平洋沿岸に出された大津波警報のテロップと住居や車両を飲み込んでいく濁流の画面、その時は漠然とした鬱ろいの中でただ眺めるだけだったと記憶している。しかし、そこに映し出される各地からの中継、それは関東ではなく東北地方、しかもその中で岩手県沿岸部の地名がひときわ鋭く耳に挿し込まれ、傍観的感震を覚醒させるには時間はかからなかった。震源地は宮城県沖、推定マグネチュード9.1、各地の暫定震度は・・

盛岡震度6弱?・・やばっ!盛岡の実家はどうなってる?

すぐさま長年母と懇意にして頂き晩年いろいろとお世話になった地元の方に電話をする。しかし携帯電話が繋がらず自宅にも電話したが留守、安否確認も兼ねて親戚にも電話してみたものの状況は不明のまま時だけが過ぎる。テレビが刻々と被害を報じる中、あのときほど時間が重い固形物のように感じられたことはない。

地元からの第一報

午後5時すぎ、母がお世話になった方から事務所に電話が入る。携帯電話が通じず一旦ご自宅に戻りかけなおして頂いたものだった。「そちらは大丈夫ですか?」、お互いの無事を確認し、地震が治まった頃、やはり私と同じく空き家の実家が心配になり様子を見に行っていたとの一報だった。こんな非常時でも他人である私の実家を按じて頂いたことに心底よりの感謝を申し上げる。その連絡には私が最も恐れていた家屋倒壊の知らせはなく、外観的にも異常は見当たらないというものだった。地震や津波の多大な被害が拡大する最中、そのときばかりは、「ひと安心」したものだったのだが・・

その数日後、この不謹慎な我心に天罰が下る。

「大変ことになってます」

地震発生から3日後、お世話になっている方から緊急連絡が入る。それは空き家となった実家が傾き、隣接する三軒の家に接触し寄りかかっている、と現地の連絡先であるこの方に住民の方々から報告を受けた、とのことだった。早速三軒の方々へ連絡をとり謝罪をするが、まさか地震の影響で傾いたと言っても弁明にはならず、詳細を聴くほどに早急に対処しなければならない案件である、と頭をかかえてしまった。幸い都会とは違い近隣争議は起こらない風土、母が長年暮らした土地であり私共々ご近所とは懇意にして頂いた場所でもある。「〇〇ちゃん(私の呼び名)の都合でいいからね」、と御三方からの気遣いも賜るが、むしろそのハカライが責任の重さを痛感させる。

帰省

連絡の数日後、まだ東北新幹線のダイヤが大幅に乱れ東京から通常2時間40分程で到着する距離を約5時間かけて帰省する。事前に親戚から地元の建築業者を紹介され迷惑をかけた御三方の立ち合いのもと現地で合流した。十年ぶりの実家、見かけは大きくは傾いてはいないが、ヒサシや配管の脱落、そしてベランダの柵囲が押し潰されるなど、細部は明らかに隣家に接触している状態だった。この状況を見て業者は最も早く修復できる策は、木造二階建て床面積約150uある実家建物全て撤去するしかないとの打開策を答申する。「え?全部?解体?」、その回答にそれ以外の選択肢有無の可能性を聞くが、家屋を支えていた柱が全て折歪(せっぴ)しており、接触部分を修復してもいづれ倒壊し被害は更に拡大する、とのことだった。その策を必要に尋ねたのには理由がある。災害保険に加入はしているものの空き家のため火災保険の適応外、地震保険も対応範囲が限定され、家屋解体となるととても保険で処理できる費用では無いと予想されたからである。案の定、後日業者から解体費用の見積もりを受けたが個人とすれば巨額であった。

解体費用の借り入れ

数百万円の解体費用の捻出は現状の家計では難しい。当時被災者支援の法案が国会で通過し公的補助金も検討したが即刻というわけではなく、また市役所を窓口とする支援機関にも問い合わせたが手続きに時間と手間を要し、東京で暮らす私には諸状で通うにも物理的に経済的にも難しく、結局その捻出に判断したのは市役所で紹介された被災者支援の一環として緊急施行された政府系金融機関による被災者限定の低金利融資を受けることであった。(罹災証明書とその発行に関わる専門家の判定書や業者の見積書、給与や年金などの所得証明書が必要)自治体も混乱している中、親切に対応してくれた盛岡市役所職員には今でも感謝している。

事業を続けながら更に収入を求める生活

借り入れ決定を受け解体工事が始まり実家のあった場所は更地となり、迷惑をかけた隣家三軒の修復も終了する。その後、保険金で賄えた部分もあったが借り入れ返済がプラスされる生活に不安があり、事業を続けながら公的機関でのアルバイト生活が始まる。私も大震災の被害を受けたひとりかもしれないが、これよりもっと大きな犠牲を伴った多くの方々の心情や現状を思うと立ち止まってグチを言うワケにはいかなかった。だが返済資金の為とはいえ肉体的にも精神的にも効率の悪い生活と、震災後のしばらくは景気低迷も追随し、その状況は遂に二十余年続けた事業を閉鎖することを決断させる。

人生でふたつの、「私」が消えた、「あの日」

祖父祖母、父母や姉と暮らした実家、志高く創めた事業、人生において私という存在がその想い出と共に消え、まさかこの歳で人生の岐路に立とうとは思いもしなかった、「あの日」の出来事・・

あれから6年、借り入れ返済も昨年無事終了し、細々ながらなんとか平穏な生活を保つまでになったが、未だに多くの方が苦しんでいる実情を考えると、「私だけ助かった」という気にはならない日々を送っている。それはあの震災で課された責務も含め、「郷里の復興」を決して忘れてはならない、と自戒させる故でもあり、さしかかった人生の第4コーナーを生きる、「糧の源泉」と認識する為でもある。

最後に、東日本大震災で犠牲になった方々へ心よりご冥福をお祈りする。

当ブログ関連記事
http://jisco2861.at.webry.info/201702/article_1.html
http://jisco2861.at.webry.info/201611/article_3.html

NHK復興支援ソング、「花は咲く」


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仕様

2017/03/03 10:47
いつものことだが年度末のこの時期は多忙につきる(><;

先月・・

毎年2月は日数が少ない。今年は28日が月末だった。ただでさえ月末は銀行などのATMが混み合いがちだが、2月は特に月末日が平月より2〜3日も早く訪れるので混雑もプラスαのような気がする。

私も月末近くになると送金や引き出しなどにATMを利用するが、先月は諸々雑々が重なりついつい28日の月末最終日の決済行動となった(><;

いつも利用するのは自宅から至近のスーパーマーケットの一角に設置されているATM。今までそれほど混み合った記憶もなく、混雑が苦手な私とすれば、「穴場」的価値が附帯する場所だ。
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ここで2〜3人の列に並んだことはある。それでも所要時間はせいぜい5〜6分程度、金融機関等に設置されたATMに比べれば格段の速さで処理ができたものだ。しかし・・

今回は、その環境が違っていた(@@;

え?なんでこんなに混んでいるの??

まず現場に到着して見慣れない風景に驚く。穴場であるはずのこのATMコーナーの枠外まで人が並んでいる。その因子先を見ると高齢女性が何回もやり直し処理を繰り返している情景が目に映る。「このカードではお取引できません。もういちどやり直してください」、の通知音と、「あれ?あれ?」、の高齢女性の呟き。この状況を避け何人かの方は列を離れていったが、その間忍ぶこと約10分、いつもならとっくに処理が終わっている頃だが未だに列に並んでいる。「こりゃダメだ」、と私も諦め列を離れ他の金融機関に足を向けた。しかしそこで長蛇の列に遭遇、結局いつもの穴場に引き返した。が、まだその女性がATMの前にいた(><)

見ると後続の若い子連れの女性に救援を求めたのか一緒にATMの前で処理をしていた。長時間にわたるベンダー作業の顛末内容は不明だが、話の派端を聞くとどうやらこの女性が利用するいつものATM画面のデザインが変更されていた為の操作不具合によるものだったらしい(^^;

年々増加する高齢者の社会活動機会、ATMや現存の様々な自動機のデザインや仕様の変更は、色や形に至るまで、若い世代や現役諸氏にはごく普通の日常変化でも、高齢者にとっては、「いつもと違う」とパニックに陥ってしまう。いわゆる一旦中止などの気転も利かなくなる。特にこの女性が難儀を機したATMは多くの高齢者が年金受け取りなどで利用機会が多い元国営企業の機器、ここに限らず企業側の時代に即した対応や反映は必須とはいえ、可能な限り、「いままで通り」の仕様も考慮すべき課題ではないだろうか? すなわち、「そういう時代」を認識した対応が求められる、かと思う。

それにしても年度末、明治時代から続く一年の括りを4月から翌3月と定める国家行政主導の節理だが、寒中の入学試験や民間企業の決算期による多忙など、現代においては少々迷惑な期始期末の捉え方である。これは当時、国力の主軸であった農業や林業の活動時期に合わせて対応した行政の仕様であるが、現代において農林生産力の国家利益に及ぼす影響が激減するなか、その仕様だけが残された形だ。

高齢化社会のインフラ仕様は、「いままで通り」の視点も要すると思うが、年度始末の観点こそ現代社会に対応すべく、「仕様の刷新」が求められるのではないか? と、バタバタ生活のグチを述べてみた(__;
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眺望

2017/02/21 01:28
ちょっとした用事で市が運営する駅前の施設に行った。ここは自宅から歩いて5分程の至近にあり、昨年催事で演奏した多目的ホールも備えている。

この施設の一番のお気に入りが眺望豊かな7階ホールのロビーだ!
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当地から富士山までは直線で100km以上もあるが、晴れた日、特に冬場の乾燥した大気の下ではこのように綺麗な様態を眺めることができる。秩父山系や丹沢の峰々もパノラマのような一望だ。
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東京の地名ではあるものの近隣には高層建造物が無く自然も豊、わざわざ出向かなくてもフラッと散策するには十分なロケーション、私が四十余年もここに居座る理由のひとつかもしれない(^^)

お手軽眺望は自然ばかりではない。東南に目を向けるとこんな造形物も・・
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種々のビルが混在する都内方面に一番高い注射器のようなたタワー、当地より約40km弱の位置にある東京スカイツリーも眺望の対象である。

山々も青い空も、そして注ぎ込む陽の光も全て自然が織り成す業、こうして眺めていると我々の日常を演出し進化し続ける様々な人造物なれど、この雄大で寛容な自然の、いや、「今ここにある奇跡」の前ではそのレベルの違いをまざまざと見せつけられる想いに浸ってしまう(__;

おっ!春間近\(^o^)/

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計画も打算も、あるいは企みも欲望も無くピタッと合わせる季節の造形、46億年もの間続けられてきた地球の施術、どんなに科学が発展しても我々人類には到底およびもつかない自然の摂理である。

映画、「男と女」テーマ曲 (リバーブかけすぎ・・(-_-;))


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帰宅浮浪者

2017/02/17 11:55
政府は労働時間の短縮と効率化を図りその余力を個々の生活に反映させ社会全体の活力を生み出す政策を検討中だ。その抜本策の一つが残業時間の規制を盛り込んだ労働条件の改革案で、各方面の知識人や関係者と協議をしている。

この政府が提唱する労働時間短縮の目的、それは、

@余暇を作り消費活動を活発化させ経済還流と消費税の増収を計る

A夫婦共栄を堤し女性の社会活動の弊害となる家庭内労務の平等を計る

大別してこの2点が政策の根拠として挙げられる、のではないか?(私釈)

特にAだが、確かにこれが実現すれば戦後七十余年を経した国民生活が大きく変わる大改革となるが、実態はそう簡単にはいかないような気がする。なぜなら試案作成に着手する意見吸収元が学者や労働問題の専門家、あるいは労働各団体の幹部や大手企業で構成される経済団体の理事だったり、協議は机上で論ぜられ一般大衆が隙言できる地盤の上では成されていないからだ。

これまで発令された政策のほとんどが一般大衆の意見で構築されたものではなく、政府や行政の作成案を国民の代表者と称された議員の多数決で布されてきた。民主主義の根幹である国民選挙で選ばれた方々なので、「これが民意だ」、と言われればそのとおりだが、平均投票率40〜50%台の選挙で選出された者が民意の総称であるとはいささか疑問が残る。こう言うと選挙投票にいかない者の義務放棄を戒する諸氏がいるが、放棄ではなく適格者不在による、「投票拒否権行使」であることを理解しない愚考であり、あるいは大都市と地方の選挙人数不均衡による得票格差が生じた違憲状態での選出者(最高裁でも是正勧告されている)、でもある。

本節ズレを修正して(汗)、社会生活をおくるうえで就労は欠くことができないが、上記2点を捉えてみるならば業種も形態も様々な賃金源泉媒体を一体化させること自体、至難と言わざるを得ない。

それともうひとつ、若い世代、特に独身者は多感多様な生活を謳歌しライフスタイルも多岐になり、経済還流と税収増の観点からすれば今以上の効果は期待できそうだが、夫婦者はどうだろう?全ての家庭が常時円満であるとは限らず、その実情が反映されていないことも注視すべき欠陥点ではないか???

国民の労働環境改革が時を経て実現した仮想社会

新時代、昭和世代の者から社会風習を伝えられた準昭和世代と一部平成世代の帰宅後、男女平等という名の掟を課され男たちは夫婦の共有時間が増え家事を済ませる。しかし次の時流、ノンビリするどころか共稼ぎの奥様から高騰した社会生活費の対応や子供の教育、そして自身の社会的地位や待遇改善の要求など、間髪入れずに始まる苦言苦情のボディーブロー・・・

「最近、夜間の公園や公共施設そして電車の混雑、社会で今何が起こってるのでしょうか」

見るとニュース番組で時のエポックが報じられている。映像には終日解放の公園でスマホや書籍またはカップ酒を片手にタムロする群れが表れる。そのほとんどが身なりのキチッとした諸兄の姿だ。またある映像では同じような行為で通勤路線を何往復も浪乗し時を過ごす大勢の諸氏の姿、インタビューに応えるのは浮浪生活を本業とする方々の、「いやぁまいりましたよ〜、我々が暮らす場所がどんどん無くなってきましてね・・」、の声。

すなわちこれは、「家に帰りたくないオヤジたち」の退社後の行動を報じたもの、それまで唯一自らの居場所であった会社から締め出され行き場を失った者たちの哀れな姿だったのだ(><;(以上、星新一風SF調で)

けっして残業代が欲しいという主旨ばかりではない。嫌々残業することばかりでもない。僅かな小遣いで些細に酒場で仲間とウサをはらし、「仕事上」という名の残業も彼らには自分の居場所を見出す手段でもある。それは帰宅後のそれぞれの家庭事情からのある意味、現実逃避する理由付けでもあった。今回の政府が提言する労働環境改善の一策、諸氏にとっては快適ライフの期待より、「恐怖の時代到来」を告げる悪夢を見た思いなのかもしれない、かも?

最後に全くの私感で恐縮だが・・

女性は感情で精査し 男性は本能で対処する

永きに渡り男性中心社会であった日本、男女平等、夫婦平等が唱われる昨今、それに準じ様々に施策が奉じられる社会環境だが、この有意義で且つ未来に放つ新認識で構築されていく社会を正道とするためにも、男女の特性と、「哀れな男たちの心情」を加味したその一端も考察する必要があるのではないだろうか・・と、愚言を述べてみた(__;
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早春の前哨

2017/02/12 02:09
久しぶりに何も予定がない土曜、まだ北風は冷たいが天気は快晴、こんな自由でいられる時間がもったいない・・

♪〜桜はまだかいな〜♪♪ よし、早春の前哨を探りに散歩に出かけよう!

次節の装いを整えつつある花木の雅な姿を発見、そう・・梅だ(^^)/
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そろそろ各地の梅の名所は大勢の人が訪れ早春の風物詩としてメディアなどで報じられるが、人の混雑が大の苦手な私は梅でも桜でも、または富士山でも対象鑑賞は徒歩で行ける範囲、幸い近隣環境は自然が多く東京らしからぬ情景が豊富、私感だが遠出せず日常で自然を体験できる生活で十分満足である。

雲一つない青空に放たれた蝋梅の歓喜
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その名のごとくメタリックなイデタチは陽の光で更に黄金の輝きを増し、早春の予感をいっそうグレードアップしているかのようだ。北風の中、蕾どころかほぼ満開に近い姿に思わず驚嘆した(__)

うろうろ散策し気付くと毎年初詣をする神社に着く。あの混雑とはうって変わり今は閑散としているが、せっかくなので境内へ。小銭を拝掌し、「家内安全無病息災」、初詣とまったく同じ祈願詞には自分でもあきれる(><;
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ここにも梅の木が・・
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訪れた者の祈願札を吊るす台列のそばに一本の梅の木があった。神社の朱色と絵馬の展流、そして可憐な梅の花の景、まさに日本の風景の一環を垣間見た想いだ。

農家が集まる地域、見上げる紅梅もまた早春の香りを漂わせている
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ふだん口にする梅干しとその香り、あたりまえだが同様の美香が漂うことに覚醒する。暖かく待ちわびた春の代表格である桜より、じつは梅のほうがまだ寒い季節に春の到来を感じさせる、「もうひとふんばり」の応援花として古くから人々に愛されていたのではないか?と・・

学術的には知識は無いものの、農家が集まるこの地域のいたるところに梅の木が生息する現場を見ると、「農家と梅の木」の関係が浮彫りになるような、それは過酷な冬を乗り切る農家の苦労、備蓄食として世界的にも評価の高い梅干し、そして春を告げる心の支え、桜のような鑑賞物ではなく生活の中に存在した花木であった、と自己推察に耽てみたのも、梅精の誘いであろうか(^^;

梅ばかりではない。農家の敷地にこんな木も(@、@)
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たわわに実った、ん?夏みかん?? とにかく一玉がデカイ!!なんだろ・・

さて、うろつくこと3時間あまり、いちごハウス農家でジャム用とはいえ1パックに大量のイチゴを400円で、農家の庭先で販売するとりたての人参(当地の名物)5本を100円で買い帰路につく。
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(両方食べる前に撮影すればよかったが甘さに負け即食、半分に・・汗)

ふだんのんびり散歩をする機会がない私にとって、「贅沢な時間」をすごさせてもらった。多忙を極める中、インフルエンザを患いハーハーゼイゼイの日々が続いたが完全リフレッシュ!今日この一日、自然の賜りに感謝したい。

JSバッハ G線上のアリア(ポップス調で)


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現代版クーデター?

2017/02/10 10:53
超たわごと・・(^^;

これまでクーデター、と聞くと時の執権に不平不満を持つ大衆を煽動しその転覆を計り国権の主導を奪取しようとする者の実力行使の総称だが、どうだろう、トランプ米国大統領の内核はこれに近いものではないか?

過去のクーデターのほとんどは武力で執権に対峙し多くの犠牲を伴ったが、トランプ氏は民主選挙で選ばれ国政の主導者である大統領に就任した。当然無血である。クーデターの感覚からするとそこは違うのかもしれないが、安定社会の根幹である司法に対する強権、違和を唱える行政官僚を即刻左遷、国益重視の外交諸法発令、他民族他国企業の排除や規制等、これまでの米国大統領が執った成り行き主導とは違い自らが有益と判断した政策を連発し、「既成を破る」その発言や行為に国内外のメディアから暴君と称され、しかしそのメディアもシャットアウト!

主導権を取る為のクーデターではなく取ったらクーデター、の現代版

「理屈で食っていけないでしょ!?」

社会における庶民の生活感情だが、言うなればトランプ米国大統領もこの感情を国民の声として発奮し、自由の国アメリカの理念を唱えるクリントン氏に選挙で僅差だが勝利したものだと思う。

世界の政治経済の中心である米国の大統領が、「自らの利益優先」を打ち出すこと自体、道義的には問題がある。なぜならこれまで経済力や軍事力で世界の覇権をものにしてきた歴史的背景があり、「いきなりなんだよ!」と世界中がざわめくのは当然なこと、私もそう思う。しかし時代は変わり、国際社会がボーダレスな側面を帯持する現代、自国の利益も流動する世情になったことはまぎれもない事実だ。

アメリカンファースト〜世界一の米国ではなく米国第一主義の提唱

トランプ大統領の最終的な政治目標、それは米国の国際的覇権を縮小しそれによる利益の流出を食い止め国益優先の国態を築くこと、すなわち肥大化した米国の、「リストラ」である、かと思う。

安倍首相がトランプ大統領との親密会談?に出向いているが・・

はたして、everything ok ! となるだろうか??
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自然と共にある日常

2017/02/05 13:52
時節は立春、心なしか陽の熱量も強く感じられる(^^)
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あれから6年、東日本大震災から月日が経ったが、未だにあのときの記憶は心身に刻まれたままだ。

地震台風(カミナリ)火事オヤジ・・

前世、起こる(怒る)と怖い世評を甚句で表したものだが、オヤジは別として四方を海に囲まれ、立体地形上で鋭鋒断崖にそびえ立つ日本は、太古の昔より様々な自然の猛威に見舞われてきた。その立国の過程で我が国は激変する自然環境から自らを守る知恵を加積し、今日ではトップクラスの防災国として世界各国から高い評価を得るまでになっている。それは勿論、多くの犠牲のもとに築かれた、「尊い英知」であることを忘れてはならない。

それでも防ぎきれなかった自然の猛威

311、それはめざましく発展した近代テクノロジーをも破壊する力を見せつけ、我が国の災害履歴には存在しなかった原発事故を誘発し、更なる防災対策の急務を突きつけた大震災でもある。当時、東日本大震災を目の当たりにし自然の猛威の前に人間は吹けば飛ぶような存在だと一抹の憂いに陥ったものだが、我々日本人は先人たちが、「それでも挑んできた防災」を立証するうえでも過酷で特異希な日本の自然環境に立ち向かう、新たな英知を創造していかなければならない宿命を背負っている、と言っても過言ではない。

自然と共にある日常

自然の凄さは地震や台風ばかりではない。街路の片隅に生える雑草もそのひとつ・・
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コンクリートで固められた道や土塀のほんの僅かなスキ間から緑身をのぞかせている。人造物をものともせずハザマを縫い、なおも芽吹きに盛らんとするその姿、彼らの生命力や躍動感はどんなに気骨で頑丈な御人でも相々持ち合わせてはいないのではないだろうか(^^;

季節にピタッと合わせてくる街中の草木を眺めていると、便利で快適な暮らしではあるものの、日々うろたえモガク人間社会を傍らの雑草たちに、「プッ」と冷笑されているいるような、そんな思いに耽.ってしまうのは私だけなのか?(><;

さて、そろそろ梅の香りが漂う、「春の予感」近し、かな?

イングランド民謡 「グリーンスリーブス」(演奏会録音)



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メディアの既得権

2017/01/31 11:33
人生初のインフルエンザ感染、土日の予定を全てキャンセルし静養、病院で処方された薬の効果もあり今は殆ど通常通りの体調になる(^^)いやはや体感して知ったインフルエンザ感染症、実に強烈な病だった!(><)

さて、静養ということでゴロゴロしたわけだが、普段あまり続けては見ないTVもそのツールとして活用、ニュースや報道番組を中心に眺めることになるのだが・・

どのチャンネルを回しても朝から晩までトランプ米国大統領の話題ばかり!

報道各社、そんなに日本の方々に他国の大統領の動向を伝えたいの?

今後、政治経済あるいは国防の観点から我が国にも影響を及ぼすかもしれないが、強弁のトランプ米国大統領のキャラをまるで奇人変人がごとく扱い、やれ独裁的保護主義者だ、やれ人道無視の冷徹者だ、と世界情勢や日米関係を不安とする意見や論説で流布するあたり、よっぽど牽制したい人物のようだね(^^;

メディアとの対峙姿勢を崩さないトランプ米国大統領

近年、増々巨大化するメディアの既得権、それは私たちが生活する社会にまで影響を及ぼす程にまで拡大する。新聞や書物からラジオやテレビ、前世までそれほど庶民の直接的感受性が伴わなかった情報媒体が、インターネットを筆頭とする高度情報化社会の到来となり、個々の意見や話題、そして感情までも社会に反映される時代となった。すなわち様々な分野で個の志向が明確な時代となり、その集約や調整をメディアが担う時代となった、と言える。それはともすると、意識的拡散や煽動を主導し社会動向を左右する、「新たな既得権者」と位置づけられても相違ないかと思う。

民主主義を守ろう!を世論の反映とするメディアだが、その民主主義の根幹である選挙で選出されたのもトランプ大統領ではないのか?

米国が世界の政治経済または社会の中心にある昨今、その舵取りのトップに就任したトランプ米国大統領が経営者であるがごとく種々の大統領令に即応で決済をする。政策の優劣や是非ではなく、その姿勢(強権)に違和を唱えるメディアをシャットアウトする背景には、メディア権力に対する不快感と彼なりの思惑があるようだ。

それにしても・・

その昔幼い頃、ドナルドとかトランプとか楽しい思い出もあるが、今は風雲児の代名詞と化してしまった(><;
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カゼの自己認識

2017/01/27 18:06
人生で初めてインフルエンザを患ってしまった(><;
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週頭、最初は咳が出はじめ、「カゼかな?」と思ったが、いつも通りあまり気にすることもなく日々の生活を送っていた。それが鼻水がチョロチョロ、体もダルくなり悪寒が全身を走り節々が痛い。これは本格的なカゼかも、と市販のカゼ薬を飲み健体維持に努めたものの悪寒が収まらない。今まではなんとか凌いできた自己療法だが、今回はどうもようすが違う。体温計も常に37度以上、更に38度になり完全にカゼをひいたと認識するまで4日を要し、近所の病院に足を運ぶことになる。

内科系の病院はここ十数年行ったことがなく受付での作法や問診票記入など経験の無いことばかり、対応にいささか恥ずかしいおもいもする。この病院は地域振興組合の加盟事業所で院長先生も理事を務める私とは顔なじみ。

「あれ、どうした?」

名前を呼ばれ診察室に入ると院長先生が本日の担当医だった。

「いや、カゼひいたみたいで、熱が下がらないんですよ」と、私。

ひととおり問診と聴診を施され、「インフルエンザの検査するから」と告げられる。

インフルエンザ?いままで一度もかかったこともなく、ここに来るまでまったく想定もしていなかった疾患名を聞きかなり動揺した。え?まさか・・

検査キッドを鼻に挿しこまれ粘液を徴取、看護師からしばらく待つように言われ待機、その間あたまをよぎったのは、もしインフルエンザだったら感染症のため対外活動禁止、仕事や予定の行事が中断されてしまう。なんとか検査結果がシロであるように願っていたのだが、再び呼ばれ院長先生のもとに、

「はい、インフルエンザ、今一番流行ってるA型・・」、検査キッドの容態を見せられ説明を受ける。

カゼの自己認識がズレ、結果インフルエンザ感染という診断。院長先生は更に、

「あのね、高熱出てても仕事してるその感覚、インフルエンザの認識があるないは別として、異和を感じたらすぐ病院に来ないとダメだよ!特にインフルエンザは放置すると様々な合併障害を引き起こし、肺炎とかもっと重篤になるからね!だいいち感染させたら他の人に迷惑でしょ?もうそんな若くないんだから・・」、と説教をされた(><;

多様なウィルス感染症が叫ばれる昨今、これも時代の変化か、昭和生まれの昭和育ちの気質、ある意味で現世では社会の迷惑になるらしい(__;

さて、これまでカゼぐらいでは市販薬を飲み通常生活をしていたのだが、今回ばかりは医者に頼らざるをえなかったインフルエンザ疾病、「カゼ」という認識修正をよぎなくされた出来事だった。
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そういう時代のインフラ整備

2017/01/22 21:56
その昔、私が暮らした生活環境にこんな風景は無かったのだが・・

西武線池袋駅ではホームドアの設置が着々と進められている。
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新幹線は勿論、都内地下鉄の駅の多くはプラットホームドアを標準装備しているが、古くからある駅のほとんどは未だ設置されていない。調べると1974年以降に建設された大都市の新駅などでは設置に向け規格化されたらしいが、これは鉄道各社の合理化計画と乗降客の流動変化に対応する主旨からだった。

しかし昨今、高齢者や障害者の外出機会の頻度増、利用者の不注意やマナーの欠落による接触事故、あるいは飛び込み自殺者の増加など、年々錯綜ともいえる多種多様な事案が発生し、大都市を中心にその設置が急務とされはじめているが、旧態の駅などはその設置にプラットホーム面積の不足や通常運航する車両ドアが車種によって違ったり、早急な対応にはほど遠いのが実情である。

個人主義が未来社会のインフラを決定する!

対処療法から免疫療法へと移行しつつある医学界がそうであるように、社会インフラも事案が発生してから対応するのではなく、「起こりうる可能性」を細部にまで検知する、すなわち予測が伴った計画施掟が必要な時代になったといえるのではないか?(当ブログ20161025 その日、参照)

その要因の一端に、団体主義から個人主義への国民意識の移行と道徳心の変化が介在しているような気がする。(当ブログ20161209 門戸開放による個人主義の到来、参照)

核家族化や個々のライフスタイル刷新など日本が古くから生活基盤としてきた民族的風習が戦後、外圧により大きく変更をよぎなくされてきた。これは国際社会で敗戦国日本が国力を確保するための先進諸外国から要求された交換条件だった。

今日、高度情報化社会の到来と経済的国際社会のボーダレス化により増々国民の意識や生活スタイルが変わりつつある。極端な言い方をすれば自己優先主義の台頭は集団で暮らす社会の不安定要素を増幅させる時代となった、と言えるのではないか?すなわち、法律や規則は形骸であり道徳や倫理は個々の価値観の相違で形式化され、旧世代の感覚からすると自由の権利を勘違いした好き勝手な野放し個人主義社会が訪れようとしているかのようだ。

かつて先進諸外国が脅威と感じた統制のとれた集団性をもつ日本人の社会習慣は、多数の人々の行動や思考など、古くから受け継いできた親や学校教育からもたらされたもの、そこに自らを合わせることが社会で暮らす暗黙のルールであり、「一歩社会に出たら自己主張禁止」という掟が介在していたものだ。

それが時代とともに一変する。(以降実話)

「きみたち、忘れ物だよ」

おにぎりのゴミや飲みかけのボトルを電車内に置き去りにし降車しようとしたスーツ姿の若い女性たちにマナーとして撤去を伝えた私に、

「は?私たちお客ですよ!運賃に含まれた車両維持管理費、払ってますが!?」

と、パスモをかざし、まるで消費者の権利と叫ばんばかりに主張をされたときには空いた口も塞がらなかったが、マナーと消費者権利は違うと諸々を述べると、

「変なひとぉ〜〜、ちょっと駅員呼んできてよぉ〜〜、迷惑行為、って・・」

だと・・・(><;

だが、少々エキサイトした私が更に社会人としてのマナーを伝えようとしたとき隣座の老人に、

「もうやめとけ、そういう時代だし電車が遅れたらあんたのせいにされるよ」

と、問答停止勧告を受けてしまった(__;

幸い同乗の多くの方々は、「今の若者は、ねぇ〜」と私の言動に賛同して頂いたが・・

すなわち、話が相当ズレたが、この老人が下した判断はそのまま社会生活におけるインフラ整備に繋がる勧告でもある。

そういう時代・・個人主義時代

あんたのせい・・安全対策を怠った運用事業者や団体の過失

なのである!(団体主義時代の生活指向は全て、「自己責任」だった)

スマホを見ながらタラタラ歩き電車に接触、指導や注意はマンハラやパワハラと呼ばれ学校や企業は見て見ぬフリ、意見や思考が合わなければ暴力や暴言で自己主張をし、面と向かわずネットで圧力をかける!そういう時代。

個人の自由でしょ!!税金払って消費生活して社会と経済に貢献してるし、なにが悪いって言うの!? その思考にメディアや時代を先駆け人気を把す変な文化人?も後押しする社会風潮・・

自由の権利の本質、それは、多くのアカの他人と安定社会を構築するために

その義務と責任を果たした者だけに与えられる権利!

決してお金払えば買えるものでも好き勝手にしてもいい権利ではない。社会生活をおくるうえで最も重要で最低限守らなければならない共存意識を伴う権利である!

の、はずだが・・

これも否定される、そういう時代、か?
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精神的生活感

2017/01/16 10:50
日本列島を寒波が襲い西日本から北日本の日本海側を中心に大雪となった。
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(NHKのニュース画像より)

ちょうど大学進学者のセンター試験時期、この悪天候により多くの会場で試験開始時刻の繰り下げや日程の変更をよぎなくされたらしい。受験生にとっては試験当日まで試練を課した迷惑な寒波でもあった。
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(NHKのニュース画像より)

私が18才まで暮らした岩手県盛岡市は北国のわりに大雪にはならない街だったが、それでも寒気温は札幌並みの氷点下5度10度も珍しくなく、たまに大雪に見舞われたりするとひと苦労をした思い出がある。

高校時代、東京のように交通網が発達していないので約3kmも離れた学校へはバスか自転車あるいは徒歩、私にかぎらずほとんどの生徒は自転車で通学していたが、氷点下の中5〜60cmも積もった幹線道路を転倒しながらの走行となり、それでもみな交通事故などなく遅刻もせず毎日通っていたものだ(^^;

よく東北の人は我慢強いと言われるが、これは忍耐力というより、過酷な気候風土でも平常どおり暮らす北国の鉄則、言い換えるなら大雪だろうが寒波だろうが特別扱いしない風習が幼い頃から身についた精神的生活感からきた態動なのだと思う。

すなわち太古よりの・・

冬場でも生きる為に生産性を維持しなければならない民のDNAだ!

とはいえ、その気候風土が嫌で土地を離れた私は、「?」ではあるね・・(__;
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価値尺度の評価点

2017/01/08 23:55
年末年始の連休も終わり、溜息混じりの初動から普段の生活に戻った一週間・・

仕事はじめ

仕事で霞が関の某省庁に出向いたが、大臣など閣僚が執務室へと上る階段が朱赤の新しい絨毯に張り替えられていた。寄る度に無意識に上っていた階段が元々は、「茶色の階段」ではなかったことが初めて判明した年頭職務であった(^^;
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お気に入りの中華料理店
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地元に去年の後半からよくランチを食べにいく台湾の夫婦が営む中華料理店がある。開店して一年も経っておらず店内はきれいで、まだ認知されていないのかランチ時間でも混み合うことがない。(高齢のご婦人たちが団体でランチを楽しむ場面に遭遇したが余裕で着座できる広さ)
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食通ではない私が今のところ一番のお気に入り店、その趣向を満たす本筋が・・

低料金のランチメニュー!
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本日のランチ、キクラゲと卵のあんかけ、500円!
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本日のランチ(2品目)、ラーメンライス、500円!
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本日のランチ(3品目)、油淋鶏、500円!
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毎日日替わり500円ランチが2品づつ、回鍋肉や青椒肉絲など他のランチは650円だが、これらも含め店の30種類程の定食が順次日替わり500円ランチとして提供される。つまり毎日通えば各種中華料理が低料金で食べられるわけだ(^^)/
さらにエビチリや焼豚、フカフィレ、酸辣湯等、その他一品料理が全て300円、ランチでもライスおかわりOK!ランチソフトドリンク150円で土日祭日もランチタイム有りというサービスぶり!利用者とすればありがたい\(^o^)/

物の価値は人それぞれの過去の経験値や様々な情報から良し悪しの評価がされると思うが、食については値段と味が比例する尺度感がはたらくき、種類も限られたメニューの中、「底々感」で食べているような気がする。

私も最初はこの店の店頭に並べられた現物と、本日のランチ500円の低料金だけの趣向で入ったが、期待もしていなかった味に思わず、「これ500円だよね?」と自問するほどの価値、すなわちこれはランチは600円代〜900円代という私の市場相場からくる尺度感とランチサービスという名称の価値観の評価点が大きく更新されたところからくる驚きと喜びだったのである。言い換えるなら、高額でしかも入手困難なヴィンテージギターが質屋で安価に吊るされている、「みっけもの発見」みたいな感覚であろうか・・ん?チョット違う?(__;

経済活疲と需要供給のバランスがもたらす様々な物の価値尺度、今年の評価点更新、あといくつあるかな・・

魅惑のワルツ(映画 昼下がりの情事 テーマ曲)



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2017年初詣

2017/01/01 23:37
年が変わった。世界標準年識が2017年となる。(和号は平成29年)
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ゆっくりと朝八時に起床、私の初日の出は既に晴れわたる上空にあった(^^;
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早々、とても正月とは思えない陽気に誘われ地元の神社へ初詣に出向く。
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人の混雑が苦手な私は毎年この神社で初詣を済ますが、それでも拝礼まで3〜40分程は要す。

昔からの日本人の風習の一つである初詣、その意味や由来は諸説があり定かではないが、年始に宗教思想?が違うお寺と神社で同時に執り行われ、宗門に関係なくいまだに多くの参拝者が訪れるということは、日本人はいつの時代もその年を平穏無事に過ごす生活を望んでいる民族である、と察することができる。もっとも時代が変わり、イヴェント的感覚や他力本願的私欲成就を目的に祈願する者もいるようだが・・(^^;

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無病息災家内安全、パンパン(__)

私のようにその日だけ祈願する者には御利益がないのは百も承知の初詣、なぜ行くのか?

古き良き時代の「正月の風景」、毎年体感したいんだよね!
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二つの変化

2016/12/31 01:25
いろんなことがあった今年も最終日・・

私なりに今年を振り返ると二つの大流を感じた一年だった。

一つは・・

5年前の東日本大震災をきっかけに日本は頻繁に地震を体感する国となったが、地震に限らず気候も以前とはなにか違う一年をすごしたような気がする。季越無節の暑さや寒さ、洪水や竜巻、あるいは農作物や水産物の収穫減による高騰に影響された一般家庭の買い控えに示された消費者物価指数の低迷、など・・

日本を取り巻く、「自然環境の変化」を感じた一年であった。

二つめは・・

高度情報化社会の到来から約十余年、スマートフォンを代名詞とするその進化は増々極め、LINEによる公務の伝達から、ながらスマホやポケモンGOなど、個人の生活様式が社会全体に影響を及ぼす事案が数々生じ、果ては昨日、米国がロシアにサイバー攻撃をうけた報復処置を発表しロシア側も事実無根と反発、同じく報復処置を高じると声明を出し、まさに国家どうしの「インターネット戦時代」の様相を呈している。

社会を取り巻く、「時代の変化」を強く感じた一年でもあった。

さて、この大きな変化の中で暮らしていく新年にはなるだろうが、私個人はどうすることもできず、どんぶらこどんぶらこ、と流されていくしかない(><

花鳥風月をめでながら 時の歓幻に身をつつみ ただひたすらに蕩々なるがごとし


・・かな?(^^;

本年63本の演奏会、お世話になった(__)
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10月、アイレック祭りでの演奏会、「第三の男」(音劣質)



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偽計食品?

2016/12/25 02:02
ちょっと気になるマイナー?な話題(^^;

市販されている飲料水の中に国民生活センターからクレームがついたものがある。

それは・・

水素水
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なんでも特定保健用食品(トクホ)としても認可されていないのに、あたかも体の健康のために有効であるがごとく唱い、その販売増進と拡大を目的にしたことが気に入らなかったようだ。

国民生活センター、と聞くと真っ先に思い浮かぶのがオレオレ詐欺などの犯罪に巻き込まれないよう注意喚起する行政機関だが、厚労省の食品衛生管理局ならともかく、食品である飲料水にこの機関がクレームをつけたのには初め、??、だったのだが、調べてみると先に述べたトクホ飲料やオーガニック食品等の表示販売認可はこの国民生活センターが管轄庁であることがわかった(^^)今回の件はおそらく、消費者擁護や食の安全監視などの関連団体が根拠を提示し通報したのかもしれない。

で、これに対し販売各社はコメントを寄せ、そもそもトクホ食品として販売する意図はなく、健康に有効かどうか、あるいは効能の有無も含め表記も宣伝もしておらず、まるで「偽計食品」のような勧告をされるのは遺憾である。と・・

とはいえ、この水素水の有効性について各メーカーのネットやメディアサイトなどでは大学の、あるいはその道の学者諸氏が登場し期待できる効果がある、と述べていたりする。いわゆる専門家の検識を載せているのだが、消費者感覚からするとこれは、「効果あり」と捉えられてもおかしくはない。

通販番組や広告などで衣類や健康器具の快適性や効果などの使用者意見を述べている片隅に、「これは個人の意見です」と表示されているが、これも国民生活センターの勧告によるものだったという。もし水素水を継続販売するのであれば各メーカーは行政と対峙するのではなく、「これは世界的水素水の権威者である〇〇大学〇〇教授の論文や理論ではなく個人の意見です」、と明記すればイイんじゃぁないの?(^^;

でも、市場に出回る飲料や食品にしても体に良いニアンスを漂わせ販売している中、水素水だけなんで管轄庁からクレームを受けたのか、少々疑問は残る。

思うに、スーパーやコンビニなどで売られている医薬部外品にしろ、健康食品やトクホにしろ、実際の効果なんてあるものなのか?すべて、食する人が効いた気持ちになる、だけじゃない?(え?これもその効果?・・失礼)

健康への関心が年々高まる、長寿大国ニッポンだが・・

それより毎日我々が口にする食材品のほとんどが自然界には存在しない化学添加物含有の食品で溢れていることのほうが問題!それこそ厚労省や国民生活センターの監督庁、食の安全を国家存続と安定の基軸と位置づけ、経産省や経済界がなんと言おうと、本当の意味の偽計食品阻止に総力を挙げ取り組むべきではないか?

まだ昭和生まれの昭和育ち世代はその成分の蓄積量は少ないだろうが、生まれたときから食している今の若者たちの将来の健康、どうなっちゃうんだろう・・

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仲間

2016/12/18 23:56
昨日は学生時代の友人たちが久々に集まり、忘年会と称する演奏会をしてきた(^^;
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何十年ぶりの友人も多く、一応に、「おまえ老けたな」、が再会の祝詞となる(^^;

昔なら集まれば音楽の話から当時の政治や社会のグチや苦言などの話題も酒宴に花を咲かせたものだが、やれどこが悪いのやれ病院に通ってるだの、肥満体や白髪、ハゲの容姿変貌も含め健体維持の話でダークに盛り上がったりとか、いやはや二十代の頃の活気とはほど遠い初期高齢者たちの忘年会だった(-_-;)

学生当時はみんなそれぞれ楽器を弾いてバンド活動などもしていたが、せっかく音が出せる店を会場にし楽器持参で集まったのに誰もノリだす者が出ず、いまだにギターを弾いているのは私ぐらいだったので、開宴中は、「ギター弾け」の声がかかり店のメニューもほとんど手付かず状態、けっきょく会費6000円はカンパと化す(><

ま、久しぶりに仲間とワイワイ話し、「アイツは?」、と来宴しなかった者の生存確認もでき、みな気持ちだけは当時のまま、「また会おう!」と再会を望み手打ちで解散した。

社会とはアカの他人の集合体?
いや、様々な仲間と仲間の寄合、であればいいのにね!

終電間際の混雑の中、ボケ〜っと想っていたかな・・

「クリスマスやれ」、とリクエスト、「ウィンターワンダーランド」(アドリブ)


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厄年私考

2016/12/15 12:18
厄年・・

年代ごとに前厄、本厄、後厄、というらしいが、厄除けとか厄払いとか寺院や神社などでその儀式を見かけたことがある。この日本古来の風習は平安時代の陰陽思想からもたらされたもの、と言われている。

私もその期間、多少なりとも影響を受けた憶えがある。20代は高飛車感情から出版社を辞め困窮の日々を送り、40代は高額で請け負った新規店舗の開店準備中に足を負傷、激痛の中で杖をつきその業務に追われ熱を出したりとか、そのときは「厄年だから?」と勝手に納得していたようだ(^^;

そして今日、わりと平穏な日々を送っていたが、前厄で逆流性胃炎で苦しみ、本厄で鎖骨と右足小指骨折、帯状疱疹とノロウイルス疾患、で後厄の今年、春に3本抜歯、夏に風邪で完全に声が潰れ会合の司会や演奏会がヒンシュク散々、さらに原因不明の長期じん麻疹、そして・・
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明日と明後日は社会福祉支援団体から依頼の単独演奏会なのに、モノモライに見舞われ左眼辺が赤く腫れてしまう(><)

いつもそうだが、折々の「その憂い」はその間際に起きる。「なんでこんなときに?」、これが私の厄年感(@@;

先祖の墓がお寺にあるので宗門的族系は仏教だが、信仰心という本質からはほど遠い生活を送っていて、その憂いの早期払拭や物事の成就を望むときだけ、「南無阿弥陀仏」、あるいは、「神様」(__;

厄年、この歳になって様々にその体感をして私なりに思うところがある。それは、「人生の節目の戒め」ということ。自身が歩んできた人生渡過の中での慢心や私利私欲の魂求、すなわち、「調子にのってんじゃねぇ!」の戒節を意味するもの・・

私欲の日々を反省し邪念を封じ謹慎生活を認識させる期間、ではないか、と。

とはいえ、今日中に左眼の腫れが引くようにと、何かに祈る他力本願な薄弱気質な私、根本からダメだわ(><

世の中クリスマスシーズン、クリスチャンでもないのにメリークリスマス、・・・うむ、「そのときだけの信仰心」、どうやら私だけでではないようだ(^^;

13世紀イングランドで生まれたといわれ、今なお世界中のキリスト教会でクリスマスに歌われる美しい讃美歌、「O come all ye Faithful 神の御子は今宵しも」


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門戸開放による個人主義の到来

2016/12/09 02:21
東京2020オリパラピック開催、カジノ法案制定、とか・・

高度経済成長期始点の東京1964オリパラピックから約50年、日本は今、更に国際社会に向け門戸を広げようとしているが、歴史上、世界に門戸を開く度に「その姿」が変貌してきた。

世界経済が国境なきボーダレスな時代、それは我々日本人にも様々に変化を要求し、ライフスタイルの価値観や尺度のみならず倫理観や道徳観にまで及んだ。日本が古くから培ってきた風俗風習はこの土台をもって施かれてきたのだが・・

古き良き日本の哀愁・・

約70年前の敗戦から早期に国力復活を目指す為、国際交易が重要と認識した日本は国民の総力を挙げ外貨獲得に乗り出し、その様は諸外国から「エコノミックアニマル」と冷笑されるほど過激なものとなる。無給残業当たり前、日曜祝日のみの休暇、「かぜで熱が出て・・」、「たるんどる!」と怒鳴られ、身を粉にしてボロ雑巾のように働いた時代、昭和世代の諸氏のほとんどはこれを経験してきたと思う(__)

しかし、世は移り変わり国際社会で競い合う経済力を手中にし、その増強に端を発した日本の動向は国民の生活にまで「その姿」をもたらす。

ゆとり、という名の外圧・・

今となっては常用語であるこの言葉の意味は、生産性向上を富国条件として捉え、私生活を犠牲にしてまで経済力を高めた日本に対し先進諸国は脅威と恐怖を感じ、その源は統制のとれた日本国民の団体性であると探察し、対抗的経済とはまったく異なる手法でその活力を抑制する策に転じた由縁からもたらされた言葉、すなわち国民の余暇を作ることによってその労働力を削ぎ、生産性を鈍化させようとした真意が含有するもの、だと推察する。

文化、芸術、スポーツ、当時の若者を中心に様々に諸外国からもたらされた趣味趣向物は流行や個性となり、それはやがて日本人が永きに渡り生活の基盤としてきた団体主義から個人主義への転換と、飲めや踊れのバブル時代へと向かっていく。ボーリングがブームとなり、英語の通じない日本にビートルズがやってきたのも、ある意味先進諸国の、「その策の一端だった」といえるのかもしれない(^^;

働くだけが人生ではない、が・・

近年、日本は多種多様に生活する人々の生産力で維持運営されている。しかしその反面、派遣社員やフリーター、あるいはニートやホームレスといった昭和時代には聞かれなかった人様名が生まれ、言い方は適切ではないが個人主義も定着していると思える。団体主義時代の日本人ではとうてい考えられない生き方、言い換えるなら、「他人のよけいなお世話」を拒否する社会構造になっているようでもある。

不潔だから餅つきやめて!
除夜の鐘、うるさいからやめて!
夏祭り、近隣住民には迷惑だ!
救急車、深夜にピーポ、うるさい!

あるいは、朝の通勤ラッシュ電車内でパンをかじり化粧をし、ながらスマホ禁止の公道でそのマナーを無視し、乗り合い優先席での若者と老人の押し問答、果てはストーカーと称される男女の歪んだ人間関係、他様々に全て、「個人の勝手でしょ!」、と他人の目を気にせず平気でいられる無共感性からくる態動である。

それは・・

デフレに苦しみ一時期ほどの勢いが無くなった日本経済の翳りとも比例する昨今、日本人の団体性と団結力を脅威と感じた先進諸国の外圧策、「してやったり!」(><;

に、しても・・

私が生きてきた日本という国、悲しいがたぶんもう無くなった・・
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日本人に似た外国人

2016/12/03 02:35
もう12月、一年アッという間だ〜〜(><;

さて、住まいが西武池袋線沿線なので頻繁に池袋に出向くが、この一年ぐらで日本人に似た外国人が増えてきた、と思う。

それは街角はもとより家電量販店や飲食店、洋服店、サンシャイン60や大手デパート、いたるところで日本語ではない言葉が飛び交っている場面を眼耳にする。丸の内線の東京駅や銀座駅で乗り降りする外国人はガイドブックや買い物品などを携帯しているので観光客だとなんとなくわかるが、池袋のそれらの方々はどうも観光客ではないらしい。あきらかに在住者と思われる。

なぜなら短期滞在の観光客ならドンキホーテや百均ショップでトイレットペーパーや鍋ヤカン、風呂桶やシャンプーリンス、大量に生活必需品は買わないでしょ?(^^;

さらに池袋西口にはその外国人専門の店が数十軒もあるという・・

で、いったい何をしている方々なのか?だ。年齢的には若い世代が多いので学生とも考えられるが、それにしても平日に圧倒的大多数が大声で外国語を話し、街をウロウロしている様をみると、その全てが学生とは考えにくい。いや、これは私の認識不足なのかもしれないが、秋葉原や渋谷原宿なら集まる要素要因はあるにせよ、40年以上ここに通い詰めた者からすると、池袋にそれほ.どエポックがあるとは思えない。むしろそれが一種の疑問に発展してしまう。

え?西武池袋線も東武東上線も埼玉に直結してるから?そ、そこ??・・(-_-;)
(日本在住の東アジア人数約160万人中、東京と埼玉で約70万人、らしい)

民族主義・・

トランプ次期米国大統領をはじめ世界の主導者たちの傾向は今、自国民擁護の為の民族主義を唱えている。

ボーダーレスな国際社会の到来はある意味、諸国に経済的浮揚と他力的な交易形態をもたらした。しかし同時に、内戦を逃れた難民、自由を求めた亡命者、そして他国に富を求めた労働者、これらも国境を越え近年、様々な問題と課題を国際社会に突きつけはじめている。

なんでユダヤ人の下でドイツ人が下働きしなければならないのだ!(ヒトラー演説)

米国に来た英語も話せない出稼者が仕事を奪い高級車乗って、国民はいつまでもポンコツ車に乗っている、こんな無能な政治は俺が終わらせる!(トランプ氏)

なんか池袋の日本人に似た大勢の外国人たちを見ていると、あと何年後かに労働力不足に陥った日本の政治家が、「ここは日本だ!日本のルールに従え!仕事奪うな!」と煽り、近隣諸国との間で不穏な空気にならないか心配・・

ん?考えすぎ??・・だよネ(^^;

明日は定期で演奏している手作りパン&喫茶店の6周年祭りでライブ、早く寝て練習しなきゃ、ダワ(__;
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